高天神を征する者は遠江を征する
(※2024年3月に書いたブログの再アップです。)
高天神城は武田と徳川の激しい争奪戦が繰り広げられた城で有名です。
「どうしてこの城がそこまで重要だったのか」
高天神城は、東海道上の掛川城と遠州灘の港を結ぶ地にあったことから、戦略的な拠点として重要でした。そのため、武田信玄・勝頼父子と徳川家康の遠江をめぐる戦いの舞台となり、激しい争奪戦が繰り広げられました。ちょうど今、大河ドラマ「どうする家康」もやってますのでその辺りも意識しながら観ると更におもしろいかもしれません。
難攻不落の山城というだけあって、数少ない登城経験の中でも上位に入る登り甲斐(歩き甲斐)のある山城でした。特に西峰の曲輪群と堀、「犬戻り猿戻り」は想像を掻き立てる最高に興奮するポイントだと思います。 ちなみに、山城でいうと「新府城」や「一乗谷城」などが私の上位に入りますが、「高取城」「観音寺城」も登りがいがある山城でした。
ちょっとだけ脱線すると、
「新府城」はコロナ禍ということもあり、道中誰一人ともすれ違わなかったり、地元では有名な心霊スポットということもあり、なんとも言えないドンヨリとした雰囲気がまた武田の最期を妄想させるシチュエーションでした。夜中の0時に本丸へ続く240段くらいの階段を登ると何かと遭遇するかもしれません。
「一乗谷城」は、「クマ」出没の恐怖との戦い。ここは肌感覚的に出てもおかしくないと思いましたので、ペットボトルを握ったり太ももを叩いたりして音を出しながら進みました。観光客は一乗谷朝倉氏遺跡がメインなので、もちろん道中誰とも会いません。クマを足軽と想定しながら、今までに聞いたことのない動物か虫の鳴き声を聞きながら、いつも以上の緊張感がたまらない登城でした。(次回ブログで詳しく書きたいと思います。)
今回の高天神城も最高に楽しい登城でしたので、時間がありましたら下手くそな写りですがフォトギャラリーにどうぞお立ち寄りください。そして詳しく説明している他の方々のブログを参考にしてお互い高天神城をもっと知りましょう!

東峰(追手門、三の丸、本丸、大川内石牢跡)
西峰(高天神社、馬場平、搦手門、三ケ月井戸)
西峰の曲輪群(二の丸、曲輪、堀)
犬戻り猿戻り
その言葉の通り、途中何度か戻ろうかと思いました笑 岩殿山や岩櫃山ほど足がすくむような尾根ではありませんが、何となく歩いていてソワソワする不安な気持ちにさせる不思議な感覚がまた凄く良かったです。
馬場平をそのまま進むと抜け道の入り口になります。
無事に楞厳寺山(りょうごんじさん)山頂に到着(220.86m)。頂上には電子レンジの格納庫が置いてあり、その中に登頂記録ノートが入っていましたので、記念に記入して、そのまま直進して下山。山の麓を歩いて搦手門へ。西峰を回って帰りは逆ルートで追手門を通って今回の登城が終わりました。
今回は、追手門 → 三の丸 → 本丸 → 大河内石牢 → 高天神社 → 犬戻り猿戻り → 搦手門 → 三ケ月井戸 → 西峰の曲輪群 → 追手門 という登城ルートでした。
城名(別称) | 高天神城(鶴舞城、つるまいじょう) |
築城者 | 不明(今川氏が築いたとされる説) |
築城年 | 16世紀初め(諸説あり) |
城のタイプ | 山城 |
山の名前(標高) | 鶴翁山(かくおうざん)(132m) |
城の標高 | 132m |
城の比高 | 約100m |
高天神城へのアクセス

掛川駅北口3番乗り場からバスでおよそ25分、「土方」というバス停で下車、そこから徒歩10分位で追手門に到着します。
登城後記
すごく登り甲斐があって満足できる登城でした。ただ、ひとつだけ残念なことがありました。それはゴミの不法投棄。明らかに一般(生活)ゴミですので、山城観光客が原因とは考えづらく、おそらく地元の方々が道端に捨てていっているのでしょう。
せっかくこんな素晴らしい山城(観光資源)があって周りは茶畑に囲まれている最高の景観ですので、なんとか頑張ってもらいたいと思った次第であります。

